デス・オーバチュア
第86話「お買い得! 人形四点セット」



「……余を呼んだのは、貴様か?」
複雑な呪印が模様のように刻まれた青紫のローブのフードを頭から深々と被った人物は、眼前にそびえ立っている巨大な十字架に語りかけた。
十字架には八〜十歳ぐらいの修道女(シスター)の格好をした少女が張り付けにされている。
「腐らぬ死体?……いや、化石か? 数百……数千年、ここに放置されていたのか……」
少女は生きているようには見えなかったが、腐敗や風化しているようにも見えなかった。
十字架も少女も放置された長すぎる時を思わせるように薄汚れてはいたが、少女自体は永遠の時を超えて存在し続ける芸術品のようにその美しさを色あせさせてはいない。
「張り付けの聖少女か……美しい……」
男は吸い寄せられるように、十字架の少女に手を伸ばそうとした。
「やめておいた方がいいですよ。触れたら最後、魔力を瞬時に吸い尽くされて、その躯を維持できなくなりますよ」
背後からの場違いに穏やかで優しげな声に、男は伸ばしかけた手を途中で止める。
「……誰だ、貴様……いや、貴様ら?」
振り返った男の視界に映ったのは、桜色の布切れ。
正しく言うなら桜色のローブで全身を隠し、ローブのフードを深々と被り顔すら隠している人物だった。
男か女かすら解らない……いや、先程の声は女性的ではあったので、小柄なことも考えて、多分女だとは思えるが……。
「…………」
「別にME達の素性なんてYOUが気にする必要ないネ」
無言の桜色ローブの代わりに、その背後の闇が答えた。
よく目を凝らすと、桜色ローブの背後にもう一人誰かが立っている。
黒い……いや、濃い緑……翠緑色のトレンチコート(打ち合わせがダブルで、共布の大きな肩当てがつき、ベルトを締めて着る活動的なコート)の女だ。
女の瞳とストレートロングな髪もまたコートと同じ翠緑色である。
「……胡散臭いを通り越し奇妙な出で立ちだな、貴様ら……」
「NO!? 千年前はこれが最先端のファッションだったネ! YOUみたいにフードで顔を隠した怪しい奴にMEのファッションをどうこう言われたくないネ!」
「………それは貴様の連れも同じではないか……?」
「OH! アンベル姉さんは無問題ネ! アンベル姉さんはME達の中でもっとも怪しくて、もっとも胡散臭くて、もっとも質の悪い女だから、とってもこのファッションが似合ってるネ!」
トレンチコートの女はHAHAHAHA!と耳障りな笑い声を上げた。
「……バーデュアちゃん、後でゆっくりとお姉ちゃんと話し合いましょうね……」
桜色のローブが相変わらず穏やかで優しげでありながら、怒りを感じさせる声を出す。
「NO!? 姉さん! 事実を言われて怒るのは良くないデス! お仕置きは嫌ネ!」
「……ええ、どうせ、わたしは汚れた女ですよ……汚れの塊ですよ〜。あはは……ホントのこと言われただけで、お姉ちゃん怒ったりしませんよ」
「OH?」
「でも、なぜか、お姉ちゃん、バーデュアちゃんの大事なコレクションを没収したい気分なっちゃったな……なんでだろう?」
桜色のフードから覗く口元が微かに歪んだ。
「NOOOOOOOOO!? 姉さん、それあんまりよ! あたしの唯一の楽しみを奪う気!?」
「あははーっ、言葉遣いが普通になってるますよ、バーデュアちゃん。そこまで慌てなくても、お姉ちゃんが大好きなバーデュアちゃんにそんな意地悪するわけないじゃないですか」
「OH……相変わらず質悪いよ、姉さん……」
翠緑のトレンチコートの女は安堵の溜息を吐く。
「…………」
桜色と翠緑の一連のやりとりを、無言で眺めていた男が嘆息と共に口を開いた。
「……で、漫才はもう終わったのか? 余は道化につき合っている暇はないのだがな……」
「そうですね、バーデュアちゃんのせいで話が横にずれました」
「アンベル姉さん、MEだけのせいじゃ……」
「黙りなさい、バーデュアちゃん! バーデュアちゃんのせいで、大人しくて従順な後輩タイプの女の子を演じてザヴェーラ皇子の好感度を稼ごう計画がパアですよ! パパアアッ! お家に帰ったらお仕置きですからね」
「NOOOOOOOOOっ!?」
「まったく、戦闘能力を買って連れてきてあげたのに……お仕置きが嫌なら今からたっぷり働いてもらいますからね。お姉ちゃんは指一本動かしません、いいですね?」
「OKよ、姉さん! 少し離れててね」
突然、バーデュアはベルトを外すと、コートをはだけさせた。
次の瞬間、バーデュアの右腕には散弾銃(ショットガン)が装備されている。
「FIRE!」
バーデュアは迷うことなく、ザヴェーラに向かって発砲した。
「くっ!」
ザヴェーラは瞬時に闇の神剣を召喚すると、降り注ぐ無数の礫のような弾丸を薙ぎ払う。
「貴様……」
「NO! YOU邪魔ネ! さっさと失せろネ!」
バーデュアはいつのまにか左手にもショットガンを出現させていた。
二丁のショットガンが同時に発砲される。
ザヴェーラの姿が闇と同化するように消えた。
無数の礫は、ザヴェーラの存在していた空間を通過し、壁際の三人の『ラッセル』に直撃する。
「一言言ってから発砲せぬか!」
ザヴェーラはバーデュアの背後に出現すると、闇の刃を放ち、二人の『ラッセル』をまとめて切り裂いた。
「察しの悪い、YOUが悪いネ!」
いつのまにか、数十人の『ラッセル』が三人を遠巻きに包囲していた。
「雑魚の気配も殆どなかったと思ったのに……なんだ、こやつらは? 目の前にした今でも気配がない……」
『ラッセル』達はゾンビ(生きた死体)のような緩慢な動きで包囲をゆっくりと狭めていく。
「気配というより魂すらないみたいですね。複製(クローン)人間、ただし魂というか人格というか、中身は一切与えられなかったみたいですけど。いえ、おそらく、後から移植する予定の……予備ボディとして創られた……」
「もういい、こんなくだらぬモノを創るのはルヴィーラの奴に決まっている!」
ザヴェーラはアンベルの説明を途中で遮るように闇の神剣を振り下ろした。
無数の闇の刃が『ラッセル』達を次々に斬り捨てていく。
「知能がないなら、数だけ居ても怖くもなんともないヨ! ただの生きた的に過ぎないネ!」
バーデュアはコートの中に両手を突っ込むと、コートの中から数十丁のショットガンをばらまいた。
全てのショットガンはバーデュアの周りに、彼女を包囲する形で、大地に突き刺さる。
「そこの青紫、流れ弾に当たっても怒っちゃ嫌ネ」
バーデュアはもっとも近くに突き刺さっていた二丁のショットガンを大地から引き抜くと同時に、発砲した。



ザヴェーラとバーデュアが『ラッセル』達を駆逐していく中、アンベルは宣言通り指一本駆逐作業を手伝おうとせず、少女の張り付けられた十字架を見つめていた。
彼女はこの十字架の正体をあっさりと看破する。
主な構成物質は神銀鋼、無尽蔵に魔属性の力を吸収する、高位魔族を封印するための究極の拘束具だ。
「……なんて不愉快な……女を馬鹿にした設定……」
アンベルは口元を憎々しげに歪める。
不快の理由はこの拘束具を解除するための方法設定だ。
方法は三つ。
いや、二つというべきだ。
一つは天地開闢レベルの光のエネルギー。
もう一つは……。
「OH! まさにゾンビ! 穴だらけにしても止まらないネ! 再生しまくるネ!」
バーデュアはショットシェルを撃ち尽くしたショットガンを投げ捨てると、新しいショットガンを大地から引き抜き、絶え間なく発砲を続けた。
バーデュアのこの一見馬鹿げた戦法は、弾丸の再装填のタイムラグを無くすのと、体内に収納してあるショットガンを放出し身軽になるためである。
何しろ、バーデュアは余所から銃器を召喚や転送しているのではなく、体内に収納しているため、通常時は自重が異常に重く、動きも遅いのだ。
「姉さん、姉さん! これ弾足りなくなりそうよ! 手伝って欲しいネ!」
「…………」
ショットガンというのは実はあまり凄い武器ではない。
拳銃すら殆ど存在しない銃火器の発達していない今の中央大陸では珍しい武器だが、あくまで対人間用の武器であり、射程も短く、散弾による最高の殺傷力を発揮できるのは至近距離のみだ。
まして、吸血鬼や獣人のような強靱な生命力や再生能力を持つ存在が相手では、至近距離で直撃させても殺しきるのは容易ではない。
超獣並の生命力と再生力を持つ『ラッセル』達は蜂の巣にされようとも、構わずに襲ってくるのだ。
「……仕方ないですね……」
アンベルが面倒臭そうに参戦しようとした瞬間。
数体の『ラッセル』が突然、細切れになった。
さらに、数体の『ラッセル』が一瞬で粉砕される。
「開!」
見知らぬ声が響いたかと思うと、紫色の炎が数体のラッセルを呑み込み、一瞬で灼き尽くした。
「やはり、貴様らか……遠巻きに監視していたのは……」
ザヴェーラは自分の近場の『ラッセル』を全て消し去ると、新たにこの場に現れた三人に視線を移す。
「いや、まあ、僕が来た目的は未来の妻と昔所有していた人形の安否だったんだけどね」
紫色の髪と瞳の少年は、金剛杵から噴き出す紫炎の刃で次々に『ラッセル』達を灼き尽くしていた。
「……パープル王?」
「やあ、アンベルだったけ、君? 何度か会ったことあったよね?」
紫色の少年は、アンベルに気さくに手を振って応える。
「ランチェスタか? これは……」
黒衣の上に純白の鎧を身に纏った青年は、十字架の少女を眺めながら、無造作に裏拳一発で『ラッセル』を跡形もなく粉砕した。
「知り合いか?」
黒いマント、黒衣、漆黒の鎧、黒い長髪に黒曜石の瞳、黒ずくめの青年は漆黒の三日月型の二刀で『ラッセル』達を次々に微塵切りにしていく。
「雷の覇王という名を聞いたことぐらいはあろう、クヴェーラ?」
「ああ、コレがアレの成れの果てなのか?」
白と黒の鎧の二人は会話を続けながら、『ラッセル』達を着実に減らしていった。
「さて、これを全部片づけたら僕達は引き上げるから安心してよ、ザヴェーラ」
「ただ暴れるためだけに出てきたのか、ガルディア三鬼神……」
「まあそんなところだよ。僕達三人が十三騎士に属すなんて酔狂なことやってるのは、闘うため、殺すため、壊すため、ただそれだけが理由なんだ」
それぞれ闘神、殺人鬼、破壊魔と呼ばれる十三騎士の三人は戦闘というより、掃除といった感じで『ラッセル』達をあっさりと排除していく。
彼らが、全ての『ラッセル』達を排除し終わるまでたいして時間はかからなかった。



「ふむ……コクマの奴め、実験動物の後始末もしないのは困りものだな」
金髪の巫女エアリスは、眼前の通路いっぱいを塞いでいる黄金の獣を眺めながら、溜息を吐いた。
黄金の獣が地を駆ける。
黄金の獣はエアリスを一呑みにしようと迫った。
爆音と共に、黄金の獣が通路の奥に吸い込まれるように吹き飛んでいく。
エアリスはただ単純に獣を素手で殴り飛ばしたのだ。
「さて、養殖物の獣の味はどんなものか……」
エアリスは口元の牙を覗かせると、唇を舌で舐める。
あの獣はあまり美味くはなさそうだが、食い応えだけはありそうだ。
エアリスが歩き出そうとすると、背後から先程と同じ黄金の獣が駆けてくる。
「む、一体何匹創った? まあいい……全部、私が喰らい尽くしてやろう」
エアリスの背後の影が拡がり、形を変えていく、人型の影が巨大な『竜』の影と化していた。



洞窟の入り口。
木陰で書物を読んでいるリンネの周囲には、鎖で雁字搦めにされた巨大な黄金の獣が三匹、もがいていた。
「ふふ……実験動物を全て野に放ちますか……まあ、ただ処分するよりはその方が面白いですからね」
リンネが一瞬だけ、視線を書物から、鎖で束縛された黄金の獣達に移す。
それだけで、鎖が引き絞られ、黄金の獣達は絡み付く鎖の隙間から無数の肉片と化して飛び散った。
「再生と言っても、肉片や細胞一つからは本来再生はできない……それでは再生というより増殖……個体数が変わってしまう……」
切り落とされた腕が再生するならともかく、腕以外全て消し飛ばされ、腕だけから肉体を全て再生するなど獣人の再生力でも無理である。
まして、肉片一つからの再生などもってのほかだ。
この黄金の獣達も、コクマが薬品と魔術を要して培養したからこそ肉片一つから蘇ったのである。
つまり、今この場に転がっている肉片から自力で再生して蘇ることはできないのだ。
「基本的に心臓を破壊すれば殆どの獣人は蘇れない……心臓さえ、再生する上位種でも頭部を吹き飛ばせば流石に終わる……獣人は吸血鬼のような不死者ではなく、生命力過剰な生者の中の生者なのだから……」
リンネは書物の方に意識を集中する。
彼女はこの場に居ながら、誰よりも洞窟の中の状況を知り尽くしていた。
遠くからこの地を監視していたガルディア十三騎士の三人と、タナトスの養母であるドラゴンの手によってスレイヴィアとラッセルの複製(クローン)達はすでに狩り尽くされている。
さっきリンネが始末したのが最後の三匹だったのだ。
「皇女と十三騎士もあの人形達も所詮は部外者……ファントムの最後の決着はあの姉妹の手によって引かれるべきもの……」
最後の戦いはすでに開始されている。
クロスティーナ・カレン・ハイオールドとアクセル・ハイエンドの再戦。
タナトス・デッド・ハイオールドもいずれその地に駆けつけるはずだ。
「表の役者は全て揃った……端役にに至るまで……残るは……」
リンネはもはやここを動く気もない。
このまま、書物を通して、ファントムという喜劇を最後まで見届けるのだ。



「……ん……ケテル様……?」
「やあ、元気そうだね、紫苑(ファーシュ)」
「……王?」
目覚めた紫夜が見たのは、今の主人である堕天使ではなく、前の主人である紫の髪と瞳の少年だった。
「違うよ、今の僕の名前はガルディア十三騎士が一人、破壊魔フィンだよ」
紫の少年は意地悪げに笑う。
「……では、私も紫夜とお呼びください」
「ほう、新しい名前を貰ったのか。確かに、その方がいいな、ファーシュというのは我が未来の妻『紫苑』と同じ意味の言葉だからな」
「……新しい奥方?……娶られるのですか?」
「うん、パープルの少年王でも、ガルディア十三騎士のフィンでもなく、羅刹王ラーヴァナとして妻に欲しい女性ができてね。とてもとても魅力的な女性なんだ」
「……その方のためにこのような所まで……?」
「まあね、それと風の噂で君のことも聞いて、ちょっと気になってたんだよ」
「…………」
「ああ、そうそう多分、君の新しい主人はもう死んじゃっているよ」
フィンは、天気の話か何かのように、何気ないことのように告げた。
「ん!……そ……そうですか……」
「で、これからどうする? もし行くあてがないのなら、僕が引き取ってあげてもいいけど?」
「…………」
「それとも、姉さん達が迎えに来るかな? さっきここの最下層で翠緑(バーデュア)と琥珀(アンベル)だっけ? グリーンとイエローの守護人形に会ったけど……」
「アンベル姉さんがここに来てる!?」
紫夜は、フィンと再会した瞬間や、ケテルの死を告げられた時以上の驚いた表情を浮かべる。
「アンベルと違って初めて見たけど、バーデュアってのは面白いね、銃士型……ガンナーの機械人形なんて酔狂の極みだよ」
「…………」
バーデュアは別に問題ない、あれは目先の戦闘というか、射撃にしか興味がないような単純……素直な娘だ。
「逆にアンベルは何度会っても得体が知れないね、いったいどういうタイプの人形なのか、なかなか手の内を見せてくれない」
「…………」
六体の自分以外の人形で、誰が一番怖いか、一番苦手かと聞かれれば、紫夜は迷わずアンベルの名を上げる。
アンベルは自分達の中でもっとも異質で複雑にできている、もっとも人間に近い機械人形なのだ。
だからこそ、怖い。
アンベルは機械でありながら、機械である自分には理解できない行動原理で動くのだ。
「……私は姉さん達と合流します。アンベル姉さんの思惑が気になりますので……」
「そうか。じゃあ、達者でな」
フィンはあっさりと了承し、別れを告げる。
「僕も消えるとしよう。『僕』が居ると紛らわしいだろうからね」
言い終わると同時に、フィンは紫炎と化し、消え去った。



エランは快適すぎる進行を続けていた。
一切の敵に会うことなく、どんどん進んでしまい、どうも最下層らしい、部屋や通路として整備すらされていない場所にまで辿り着く。
「戦闘……いえ、戦争の痕跡?」
死体らしい死体は一つもないが、微かな肉片、血の染み、そして無数の礫があちらこちらに残っていた。
「……散弾銃? 今の時代にこんな物を使う者が居るのですか?」
鉛の弾を撃ちだす『銃器』というものは、魔導時代の初期に発展し、その後、すぐに廃れる。
理由は至極簡単だ。
銃器はあくまで普通の人間を簡単に効率よく殺すための兵器に過ぎないからである。
普通じゃない人間や、そもそも人間ですらない存在には殆ど役に立たなかった。
高次元存在や、超越者は、弾丸よりも遙かに速く動き、生身や闘気や魔力で弾丸を容易く弾く。
自然と兵器技術の発展は、銃器より、魔導兵器……魔力を増幅したり変化させる兵器へと移っていった。
魔力も戦闘技術も持たない一般人でも一定の攻撃力を持てるようになる兵器よりも、超越者……超人的な剣士や魔導師がその力をさらに限界を超えて高めることができる兵器こそが求められたのである。
その結果生まれたのが魔導機だ。
搭乗者の能力を何倍にも増幅する巨大な人型兵器、空を飛ぶ戦闘要塞たる魔城、一撃で城どころか国すらも吹き飛ばす魔導砲などなど、魔導技術は超越者達の戦闘力、破壊力を再現なく高めていき……ついには世界の中心だった一つの大陸が沈むまで、その技術の発展と戦争は続いたのである。
「西方や北方なら少しは銃も作られているでしょうが……これは現在の銃ではなく、アンティーク(骨董品)の類でしょうね」
現代の中央大陸では銃器など生産されていないのだ。
技術的には作れないことはないのだが、需要がない。
一般人が購入できる金額で売れるように作ることもできず、余程の道楽者か趣味人でない限り銃など所有しているはずがなかった。
所有者は所有者でオーダーメイド(個人注文)で作らせたか、ハンドメイド(自主製作)なのだろう。
いずれにしろ、現代において銃とは剣や槍のような一般的な武器ではなく、趣味の一品だった。
余談だが、エランのスクロペトゥム(銃へと転じる蛇の腕輪)は火器である銃ではなく、魔力を撃ちだす魔導砲のコンパクト(小型)タイプのような物である。
魔力のない一般人では使うこともできない使い手を選ぶ兵器だった。
「メディキーナー?」
揺り椅子で低空飛行しながら進んでいるエランの横に、藍色のウサギが出現し、彼女の膝の上に飛び乗る。
「……そうですか、 あの人形は無事目覚めましたか」
メディキーナー、治癒能力を持つ兎の使い魔は、紫のメイド型の人形紫夜の元に置いてきていた。
機械に対して治癒能力が有効なのか疑問ではあったが、どうやらあの人形は再生能力なり、自己修復機能なりを持っていたようで、メディキーナーの治癒能力で、それらの能力が加速したようである。
「羅刹の王が……ガルディア十三騎士の一人? なるほど、流石はガルディアといったところですか……人の身で鬼神の王を現降させて使役するとは……それとも受肉させて人として現世に留めたのか……」
何にしても、とんでもない話だった。
ガルディア皇族の、女皇の人間離れした格を表す事実である。
「パリエース!」
確認するよりも速く名を呼ぶ。
反射的な判断、いや、エランが判断し呼ぶよりも速く、パリエースは動いていた。
主人たるエランを守るために、左手の指輪が巨大な盾に瞬時に変化する。
そして、盾にかって体験したことのない衝撃が奔った。
巨大な盾は藍色の光に変化し、エランの横に落ち、藍色の大きな犬となって蹲る。
「……光輝天舞?」
盾に直撃したのは、ルーファスの光輝天舞の出力をさらに一点に絞ったような光の一撃だった。
エランは知らないが、今の一撃はブリューナクの光条の一撃にかなり近い感じである。
「OH!? 姉さんの一撃に耐える盾なんて初めて見たネ」
「勘違いしないでください、バーデュアちゃん。加減したんです、今のはただの挨拶ですから」
「…………」
前方に四つの人影があった。
エランはパリエースを指輪に戻すと、ゆっくりと彼らに近づいていく。
「……久しいな、美しき魔法使いよ……いいや、宰相閣下と呼ぶべきか」
四人のうち、一人にだけは見覚えがあった。
「ザヴェーラ殿?」
青紫のフードで顔を隠した男、ザヴェーラは他の三人と少し距離をとって、壁にもたれかかっている。
「ここに居られるということは、まだ手を貸していただけていたのでしょうか?」
正直、ザヴェーラの存在は今まで忘れていた、というか気にとめていなかった。
彼とはガイのように金銭で契約を結んだのではなく、あくまで彼自身の自由意志、彼のファントム十大天使の一人コクマ・ラツィエルへの対抗心を利用するような形で、七国侵攻の際には協力者になってもらっていたに過ぎない。
失敗されても責める気などないし、断りなくいつ姿を消されても構わないつもりだった。
「結果的には貴方の役に立つつもりでいたのだが、事実は役に立ていないので、そう言われると心苦しいな」
「はぁ?」
ザヴェーラの言葉の意味がよく解らない。
「余は、余のために、ファントムの幹部でも何人か始末するつもりだったのだが……全て他の何者かに先を越されたようでな……ここまで来る間、雑魚にしか遭遇しなかった」
「なるほど……」
エランは納得した。
彼もまた、自分と同じように、ここまで快適すぎる進行をしてしまったのだろう。
「あの〜、皇子、そろそろ、わたし達の紹介をしてもらえませんか?」
桜色のローブの女が、ザヴェーラの腕の袖をクイクイッと可愛らしく引っ張っていた。
「む……ん、名乗りたければ勝手に自分で名乗れ」
「あはっ、じゃあ、そうしますね。初めまして、クリア国宰相エラン・フェル・オーベル様。わたしはイエローの守護人形のアンベルと申します、以後、お見知り置きを」
アンベルは、ドレスの裾の変わりに、ローブの裾を掴んで、上品な挨拶をする。
礼儀的にはともかく、なんとなく可愛らしく見える仕草だった。
「……守護人形? 確か、七つの水晶柱の管理と守護をするために千年前に、結界システムと同時に開発された七体の機械人形……」
「流石、博識ですね、その通りの存在です、わたし達は」
「達?」
エランはちらりと残りの二人にも視線を送る。
翠緑のトレンチコートの女、漂う硝煙の臭い……一目で解った、この女性があの散弾銃の使い手だ。
もう一人は喪服の女性。
西方風のドレスのような喪服を着ており、帽子とヴェールで顔を隠していた。
髪も、肌を一切露出しない服も全てが見事なまでに漆黒である。
「あ、こっちの頭悪そうなのがバーデュアちゃん、銃士型の機械人形、グリーン担当の守護人形でした」
「ガンナー……銃士ですか……」
「YES! MEは超一流のガンマンね!」
バーデュアはHAHAHAHAと頭悪そうに笑った。
「頭は悪いですが、銃の腕だけは達人です。弾丸で死ぬような存在が相手ならお役に立ちますよ」
「はぁ……」
エランは思わず、確かに頭は悪そうですねと返してしまいそうになるのを堪える。
「で、こちらの喪服美人がオーニックスちゃん、殲滅型の機械人形、まあ、殺戮人形ってところですね。ついさっきまでここで眠ってました……つまり、ブラックの守護人形です」
「…………」
オーニックスと呼ばれた人形は声一つ出さず、身動き一つしていなかった。
「殲滅……殺戮……随分と物騒な……」
「オーニックスちゃんは殲滅型……イレーザータイプと言って、一対多数を目的に作られた特種な人形なんですよ。彼女一体を送り込めば、一晩で一国を滅ぼせます。まあ、対策を張られてない国ならの話ですけどね」
「…………」
自分のことを話題にされていても、やはりオーニックスは無反応である。
「では、あなたは何型なのですか、アンベル?」
「あは……流石ですね、さり気なく名乗らずに済まそうと思ったのに……」
「姉さんは悪女型ネ!」
「……黒幕型……」
バーデュアが力強く言った直後、初めてオーニックスが口を開いた。
落ち着いた囁くような女性の声。
「そんなタイプありません! て、なんですか、オーニックスちゃんまで!? お姉ちゃん、泣いちゃいますよ」
「……で、本当のところは何型なのですか?」
「魔女(ウイッチ)型……いえ、魔法王女(マジカルプリンセス)型です〜」
可愛らしいポーズを取りながら、アンベルは堂々とそう名乗った。
エランは視線をアンベルからバーデュアに移し尋ねる。
「……嘘をついてますか、あなたの姉君は?」
「YES! 姉さんは大嘘吐き型ネ!」
「……詐欺師型……」
バーデュアは力強く、さらに聞かれてないオーニックスまで答えた。
「ちぇ、もういいです。素直に名乗りますよ。ハンター型、弓士ですよ、弓士、愛の狩人です。弓使いなんて地味だから名乗りたくなかったのに……」
「ハンター……狩人型?」
確かに地味というか、殲滅や重火器に比べて、急にグレードが落ちた気がする。
それに、彼女は弓矢など持っていないし、外見の格好から連想するなら、確かに自称した魔女の方が彼女に相応しい称号に思えた。
「で、本題なんですけど、エラン様〜」
アンベルは拗ねた態度から一変、甘えた声を出す。
「わたし達姉妹を雇ってくれませんか?」
「ほう……」
「今なら、メイドタイプ(奉仕型)のファーシュちゃんもセットでお付けしますよ。わあ〜、とってもお得ですね」
「奉仕型もあったのですね」
グレードがさらに落ちたというより、急に身近になった気がした。
現在の中央大陸で生産されている機械人形は、メイド(侍女)やバトラー(執事)といった奉仕型だけである。
それすら、パープルとブルーに僅かに存在するだけの高級品なのだ。
「国家転覆から家事まで! 機械人形四体セット! いまさら、残りの三体の将来的追加優先権がついてきます〜」
「いいでしょう、雇いましょう」
「あは?」
売り込みをしていたアンベルが拍子抜けする程、エランはあっさりと承諾した。










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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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